2017年3月21日火曜日

     出会いの妙   

 人生で、出会いほど不思議な物は、不思議な事は無い。時には
運命的にさえ感じる事がある。

インドネシアバリ島で4年間暮らし帰国して早4年になるが、
滞在中に出会った人たちの中で親戚以上、親子同様な付き合いに
なった方にも不思議な縁を感じていて、今も仲良くしている。

帰国してから突然また不思議なことが起こった。

息子が勝手に設定してくれたFscebookを仕方なく毎日チェック
していたら、そこに見覚えのある名前を見た。中学時代の同じ
クラスの方である。
少々厚かましいと思ったが、メールを出したら、同級生の彼も
こちらの事を覚えていて、それからメール交換となった。

或るとき、彼の友達に私とメールのやり取りをしているんだと
話したら、私が大学受験の時の写真が新聞に載ってたのを見た
と云うので、彼はその日向日々新聞社に手紙を出し当日の資料が
あれば送って貰えるよう頼んだと云う。
たまたまその頃私の家では朝日新聞だったので、私の受験の時の
写真など全く知らなかった。

頼んだ彼も彼だが、65年も前の我が社の新聞を彼に送ってくれた
日向日々新聞社にもびっくり!!  大いに感謝している。

今はメールしたり電話したり、少年少女時代を懐かしんでいる。
彼からは宮崎の美味しい焼酎とか美味しい日向夏みかんが送って
来て、女冥利??(笑)に尽きると云うか、嬉しく頂いている。

特に日向夏蜜柑は、子供の頃家の庭になっていた日向夏と違って
その美味しさと云ったら!!
みかん農家の方が、研究に研究を重ね、愛情いっぱいに育てて
居られるのであろうと深く感動し、感謝している。勿論、頂いた
彼、同級生にも。

蜜柑の皮はジャムにしなくちゃね。香りが良いしきっと良いジャム
が出来るに違いないわ。ふふふ、、。






2017年2月1日水曜日

光陰矢の如し。と。

昔から云われている言葉ながら、80過ぎてからは身にしみて
実感する。


今の私の年で最愛の母は逝った。

日を追うごとに、どれほど素晴らしい母だったか。優しい母だったか。
偉大だったか。強かったか。

「明治の女は強いよ。ははは。」と笑いながら云ってた母の声が
聞こえてくる。

母は田舎で「おひいさん」と云われ、何不自由無く一人っ子として
大事に育てられた人だった。
父が戦地に行く迄は、その延長だった。

が、しかし、父が戦死してからの母は吃驚するほど変わった。
良い意味で、これほど変貌した女性を私は見ないし尊敬している。

とてもとても、母のまねは出来ない。母の足下にも及ばない。

が、母に近ずく努力は しなければ!


今は、名も無き偉大な母に捧ぐ書き物、永遠の追慕を遅々と進めている。




2016年12月7日水曜日

最高の演奏会でした

昨日6日、この方達の演奏を聴きたくて久しぶりに店に行った。

As 池田篤   B 米木康志   D 原大力

本当に良かったわ。素晴らしかった!! 満足して帰りました。


最近は、若い演奏家達も、驚くほど凄い。
この子達がギャラを無視してDnfanに来てくれるのにも感謝しているんです。

ミュージシャンあってこその我が店。
そして、それを聴きに来て下さる方々。店のスタッフも。
心から感謝を申し上げます。

2016年10月31日月曜日

秋 満開

 最後は広島が勝つかと思っていたけど、日ハムが大差で勝利。
どう見てても運がついてたわね。日ハム勝利お目出度う嬉しいよ。

近所の紅葉が奇麗。優しい気持ちになる。

唯一の道楽?であり趣味でもある競馬。秋に入って最も嬉しいのは
選らばれた馬達のレースを観る事。走る芸術品だものね。

菊花賞にしても天皇賞にしても、矢張り強い馬は強い。
見事な走りに満足。拍手を送りたい。

これから暮れの有馬記念迄、ぞくぞくする気持ちが続くと思うと
たまらなく嬉しい。馬達よ最後迄怪我しないで走ってちょうだいね。

2016年10月28日金曜日

ゲーム(否 真剣勝負)の面白さ

 27日の日ハム対広島カープの対戦ほど面白かった試合を見たのは
何年ぶりかな?。困った事に?私は昔からカープとファイターズの
ファンなのだ。

九州宮崎生まれの私が若い頃、九州には野球チームが無かった。
それで、九州に一番近い広島を応援しようとカープを応援し始めた。

子供達がまだ小さい頃だったから、多分50年前になるわね。

両チームが1対1で、先に点を取ったのが広島。
それで終わったら見てる方は面白くない。2対2になるよう祈った。

あとは皆さんご存知の通り。   感激したのは最後の最後。
事もあろうに(と,私は思った)9回の裏にファイターズが満塁に
なった事。その時のバッターが2番西川君。

ま、これでⅠ塁に行けるようなら1点差で日ハムの勝ちだなあと
見ていたら、何と何と、ホームランではないの!!!


ホント、自分の人生とも重ね合わす気持ちになったのは感慨深い
ものがあった。そう、死ぬ前に?満塁ホームランを打てば良いのよ!。
打ちたいもんだわねえハハハ(笑)相変わらず馬鹿のDonBaabaです。


2016年10月17日月曜日

続 豊穣の秋

秋は何を食べても美味しく、幸せを感じ感謝する毎日だが、
芸術の秋でもあり、各地での催し物の案内だけを見るのも
楽しい。

それに走る芸術品と思っている私の(笑い)一流馬がしのぎ
あう季節でもある。それがまた、おいしい食べ物を食べると
同じほど嬉しくてたまらない。

食べ物と違うのが、興奮と期待なのだ。でも、最後は無事に
走って来てね。と、馬券の事を一瞬忘れてアクシデントなど
起きないように祈っている。本当に馬が好きなのね。
何たって走る芸術品だもの。

これから暮れ迄これが続くと思うと本当に幸せ気分だわあ。

2016年10月14日金曜日

豊穣の秋

 どの季節にも特有の美味しいものはあるけれど、何たって秋ほど
実り多い季節は無い。特に果物。

切り詰めた生活をしているので、決して贅沢は出来ないけれど、この
季節しか食べられない物は、一度だけ食べる事にしている。

秋は柿。他にも栗とか色々あるけれど、矢張り一押しは柿なんです。

子供の頃お転婆の私は庭の柿の木に上って、熟れた柿をちぎって皮を
ぺっぺっと吐き捨てながらかじったのを昨日の事のように思い出す。
その時の幸せ気分迄思い出している。ホント懐かしいなあ。

今日は午前中から煮物に集中した。特にキノコを色々沢山入れて。
ダシもしっかりとって煮たので満足満足。

さすがに昼間からは酒や焼酎は飲まないが、夜が待ち遠しい。
特に焼酎はその土地の方から送っていただいた物で、毎晩ありがたく
頂いている。

店の事、心配が無い訳ではないけれど、Hide,Sinobuが頑張っていて
くれるので有り難い。感謝している。

何だかんだと言いながらDnfanbaabaは幸せでございます。
足の事故も9割かた良くなったし。  感謝感謝です。

2016年10月13日木曜日

ノーベル文学賞の事等

 最初に日本人のノーベル賞が決まり、とても嬉しかった。
科学の事はまるで分からないけども、研究された事等聞いていると
成る程なるほどと拍手を送ったのだった。

さて、今日はノーベル文学賞が決まるというので、関心を持って
ニュースを聞いていた。もし、村上春樹だったらフンと云おうと
思ってたら、ボブデュランだった。やっぱりねえ。納得。

彼の歌には(歌詞)には哲学があると思う。長年にわたって歌を
歌って来て人を愛する気持ちが伝わってくる。お目出度うございます。



毎年、日本の村上ファン達が或る店に集まって、今年こそ!と
発表を待っている様がテレビでも紹介されているが、「何なの」と
私は思っている。まあ、彼の全作品を読んだ訳でないから大きい事
は云えないけれど、若し今年、村上春樹が受賞したら、ノーベル賞
そのものにがっかりしたのは間違いない。

と、云って次回作かその内に賞を取るような作品を書くかもしれない
わよね。私は決して村上春樹を嫌ってる訳ではないのだから色々な
意味で頑張ってほしいと思います。




2016年10月3日月曜日

ようやく初秋を感じる満ち足りた1日

馬肥ゆる秋と云われるが、サラブレット達の季節でもある。
今日からG1レースが始まり日本ではスプリンターズステークス
があって面白く見ていた。やっぱりねえ。と思われる馬が勝ち
納得。

日本では。と、あえて書いたのは、他でもないレースの格では
世界一と云われる凱旋門賞も今日だった。

世界中から一流の馬達がレースに挑むから、まるで自分の孫が
走るような気分なのだ。10番の馬を中心にしよう。日本の馬
マカヒキ君は3着迄には来てくれるだろうからワイドにしよう
と、やっぱり日本の馬を贔屓にして、(4−14)(8−14)
(10−14)(2−14)(11−14)と、5点買った。
あ〜あ。マカヒキ君、何と、14着!!
1着2着3着と買ってるのにねえ。結果は10、4、8、で、
3頭ともあたってるのにねえ。仕方ないわ。日本人だもの。

最近、競馬番組のテレビに出ているお嬢さん、いつも5頭を
ボックスで買えば大体あたる〜と婉然とするのだが、5頭の
ボックスは買い目が60点だと分かってるのか知らん。
尤も60点は3連単馬券だから、当たれば大きいわ。

生活に応じて馬券を買ってるから、どうしても2〜5点しか
買えないし買わない。用心してついワイド馬券にしてしまう。
だから損してもどうって事無いし、儲かっても小さい。
何たって走る芸術品を堪能するのが一番だもの。


後で気がついた事だけど、世界一の厩舎、世界一の調教師とも
云われているオブライエン厩舎が3頭出して来て、1、2、3
を独占してしまった!!
そして、その3頭の父が、何と全部ガリレオ!! 衝撃!!

唯一の遊び、道楽として競馬をするようになって早30年。
実直な母もそれくらいは、、と認めてくれて最初の費用を
全部出してくれたっけ。最近はそこそこ競馬に詳しくなった。
それでも今日は本当に衝撃。オブライエンにガリレオ。


勝っても負けても走る芸術品を見るのは最高に面白い。
有り難うね。君たち。マカヒキ君、来年も挑戦したら良いわ。



2016年9月23日金曜日

感激と心配と感謝と

オリンピック  いかなる名作映画も芸術舞台もオリンピックの舞台には及ばないだろう。それほど私は感激し、涙を流しながら見ていた。

パラリンピックも同様!! 嗚咽さえした。感動した。選手の皆さん本当に有り難う。ご苦労様でした!!!そして、絶対2020年迄、元気に生きていなきゃと、心底思った。

感動も覚めやらぬまま、台風の襲来だもの。被害に遭われた地方の方々にお見舞いを申し上げます。大変でしたねえ。

九州宮崎生まれの私は、幼い頃から台風は本当に怖かった。一晩中大風に脅かされ、母を囲んだ兄弟六人は一睡もしないでひたすら夜明けを待った。


東京に来てから、台風の予想が報道されても女性達がハイヒールを履いて出勤するのを見たときは吃驚したものだ。それほど東京に台風は襲来しない。

今回特に知り合いや親戚が多い宮崎や鹿児島の被害情報を聞いて、電話をかけたりしたら、矢張り鹿児島の被害は大変だったようだ。

一応落ち着いた状況になったものの、オリンピックで受けた感動や、どう避けようも無い自然の脅威が過ぎて「やれやれ」等というのでない、もっと大きな感情に支配されて呆然としている。

その間二人の友達から焼酎が送られて来たりして素晴らしい気付け薬となった。いや単に只の飲んべえなのだけれど、茫然自失の私は美味しい思いと感謝で幸せ気分になった事は確かで、友達に感謝している。本当に有り難い事だ。

有り難うございました!!!





2016年8月19日金曜日

娘夫妻と食事




娘の旦那、つまり私の長女の婿殿は、よく食事に誘ってくれる。

今回は、大山駅の近くにあるうなぎ屋でご馳走になった。

私にとって嬉しいのは、ご馳走もさることながら、

家族で食事をするって事が何よりも嬉しい事なんですよ。  

美味しかったわあ。ごちそうさま。



2016年8月15日月曜日

71回目の終戦記念日


   何回目の終戦であろうと、私にとっては毎回、1回目の衝撃と同じなのだ。あの日、玉音放送があるというので、母は私を自分の隣に座らせ、じっとラジオに聞き入っていた。その横顔は凛として、覚悟の顔に見えた。

6年生の私は日本が負けた事だけを理解した。「なんで神風が吹かんかったの??」 私が母に向かって怒って云った。 学校で、日本は窮地に立つと必ず神風が吹いて守られると教え込まれていたからだ。学校の教えは全て国が統括していたから従わなければ国賊として罰せられる。そう云う時代だった。

母は優しく私を引き寄せ、「戦争が終わったから父ちゃんが帰って来なさるよ」とだけ云った。 、、、結局戦死の知らせが来ただけだったが、、、、、。

終戦、いや戦争を境にして、自分の人生が変わった事、人生観が変わった事を意識せざるを得ない。良きにつけても悪しきにつけても。

今は、仏壇の脇に置いてある父母の写真に向かって毎日毎晩語りかけない日は無い。そして、素晴らしい両親の元に生まれた自分を限りなく幸せに思い感謝している。



2016年8月11日木曜日

迎えてくれた花達



               花達が笑ってるように見えました。




2016年8月9日火曜日

Hijiki先生の事


何故Hjjikiかという事について彼女達美術部のメンバーの云い分が面白いので引用させていただく。

富士宮高校美術部に在籍していた70年代半ば頃、高橋秀浩という僧籍も持つ美術教師が赴任してきました。 実家はお寺ですが稀に見るユニークな教師でした。

ジーンズにロンドンブーツばりのぽっくりサンダル。
ラベンダー色のベストにクリーム色のYシャツといういでたち。
そしてシャツの第2ボタン迄外した胸元にはヒジキのような胸毛が覗いていました。

高橋先生の魅力は、その風貌にとどまらず,僧侶とも思えぬサバけた性格と何よりも的確な指導力でした。そんな先生を慕い、放課後の美術室は賑やかで、運動部並みに毎日作品の制作に励んだものでした。

私たちは尊敬と親愛の情を込めて、その特徴的な胸毛にちなんでいつの間にか『ヒジキ』とあだ名を付けて呼ぶようになりました。絵の具がこびりついた制服に、苦しいほどの夢を包んでいたあの頃。

魔法の言葉 『ひ、じ、き』

高橋先生の定年を知ってわきあがった「展覧会をやろうよ」の声。

その名称にHIJIKIを冠する事を快諾して下さった先生。こうして『HIJIKI展』が生まれたのです。2008年に始まった展覧会。それが今年で5回目なのです

と。