2017年9月1日金曜日

サッカー観戦

うちの店でも当初、野球チームとサッカーチームを
作っていて、今はお亡くなりになった東大助教授の
溝部さんが東大の広い運動場を取って下さって毎週
日曜日にはチームのメンバーが嬉々としてプレイを
楽しんだ事を懐かしく思い出します。

野球にもサッカーにもあまり関心が無かったのだけれど
経営してる立場として、見たり応援したりせざるを
得なくて毎週必ずグランドに見に行っているうちに
面白くなって来て、当時から40数年経って、今では
すっかりサッカーファンになっているわ。

いや〜昨日の日本オーストラリア戦は面白かったあ。
嘘じゃなく、日本が2対0で勝つと予感してたのよ。
(競馬でも予感が当たると大富豪だわねふっふっふ)
一人でバンザ〜イを叫んだわ(笑)
一番のごひいき本田君が出なかったのは不満だった
けれど、あれはあれで良いのよね?!

日本チームバンザーイ!!お目出度う!!!

2017年8月24日木曜日

出会いの不思議に感謝

 23日の夜、赤坂ビーフラットで山穣のリーダーライブがあると云うので
 出かけた。さすが立派な店で、満員の盛況。多分200人近いのかな?

 山穣達の演奏は勿論大満足。時たまdonfanに出てくれる小林君(ベース)
 も素晴らしかった。

 そこでたまたま同じテーブルについたのがドンファンを知って下さってて
 (まあ当たり前でしょう。みんな山穣ファンだしジャズファンだから)
 引退したと云っても創業者だし、、と云う事で、それはそれは良くして
 下さった。

 中でも、医学博士の浦野先生が全ての清算をして下さり(勿論嬉しいよね)
 家迄送ると云って下さったが、固くお断りした。でも途中迄荷物を持ち
 手を引いて全神経で私を庇って下さるのが判り、人の温かさを感じ
 本当に満足した一夜だった。 感謝。感謝。全てに感謝。

2017年8月15日火曜日

72回目の終戦記念日

この戦争は日本が負ける。だけど、日本と云う国はきちんとした国
だから、生活の心配はしなくても良いからね。

と、言い残し、負けを承知で、自分が生きて帰れない事を知りながら
父はマニラのルソン島で戦死した。終戦2ヶ月前の6月19日。
ああ〜。   

私が12歳の時の事。

為政者で決まる戦争と平和。  犠牲者は常に末端の民衆だ。

兎に角、何があろうと、戦争だけはしてはならない。戦争はNO!!
これだけは若い者達に言い伝えなければならない。



2017年8月2日水曜日

不本意な病院通い

 矢張り年かなあ

体のあちこちに違和感や痛みを覚え、毎月行く病院の先生から
紹介状をもらって大きな病院に行き検査をした所「OK何事もなし」
の返事が無く、更に検査しようとなった。

今度は日大板橋病院に行かされてまた検査。ホント嫌になった。

ここでも先生は首を傾げてらした。まあ、今月中過ぎに結果が
判るらしい。

私としては、年だしねえ。と云う事と、子供の頃からあちこちの
病院を連れ回され病弱だった事を思うと、よくまあ、この年まで
生きて来たものだ。二人の子供にも恵まれたしなあと、感謝こそ
すれ、後悔の字は出て来ない。

最近、目が覚めてベッドを離れるときつぶやく言葉。
「有り難いこっちゃあ」

2017年7月28日金曜日

楽しみはテレビ

 「やすらぎの郷」

お昼時、この題名のドラマがあります。
出演者は殆ど私と同世代の方達で、若い時から現在迄主演級の
方達です。


これがまた、ホントに面白い。他人事に思えないほど良くできた
ドラマで、さすが、倉本聰さんの作だと思っています。

内容はその昔、一世を風靡した女優さん達が老後を過ごすために
やって来た高級な老人ホームでの様々な話で、ご覧になっている
方はご承知ですね。

勿論その日その日を、食べて、多少好きな事をして暮らしている私
には無関係とも思われる世界ですが、老後を如何に行きて行くか、
如何に過ごすかと云う「人間として」の考え方、生き方は同じです。

自分と重ね合わせ、うんうん。とか、そうじゃ無いよ。など
勝手に想像したり共感したりと、中々蘊蓄のあるドラマです。

浅丘ルリ子さんとか石坂浩二さんとかの世代の方で、まだ見た事
の無い方はご一覧を。因にルリ子さんは私の一つ年下なのよ。

2017年7月10日月曜日

昨日は私の誕生日でした。右から読むと48歳です。ふっふ。

沢山の方や子供達からお目出度うの言葉を頂き嬉しかったです。
今夜はまた、婿殿が食事に招待してくれると云うので出かけます。

総理への不満はBaabaがブログでぶちまけたら少し収まりました。

それはそれとして、スポーツは最高!! 芸術は素晴らしい!!
美術館巡りも、梅雨時だから出かけないようにしてますが、
スポーツをテレビで楽しんでいます。良きかな我が人生。感謝です。

2017年7月4日火曜日

自民党の惨敗

総理は自民党のの考えが「ゆるかった、、」と云った。
ホントに馬鹿野郎だと思った。

「政策が間違っている」からに他ならない。

要は、自民党、と云うより「総理のタカ派の考えに民衆が
付いて行けない、反対だと判断した」からに違いない。

民衆はいつの時代でも肌身を持って直感する。

下村さんが辞任した。 女性防衛大臣が失言したのに辞任
を表明しないのは何故??って考えてみた。
勿論、総理が庇ったのだろう。

総理と森友時代からの仲良しで、同じタカ派だからだ。

日本はどこへ向う??

あ〜怖い!!  私たちはしっかりと見て行こう。

2017年7月3日月曜日

スカッとしました

 都議会議員の選挙の結果
思った通りに安倍率いる党は惨敗した。民衆は馬鹿じゃないのよ。
チャ〜んと見てるのよねえ。

都議選に負けた言い訳もおかしい。

最近、ごり押しして決まりつつある法案を、もう一度しっかり考え、
唯一の被爆国として、何としても世界の平和をリードして行く日本
でなければならないと云う自覚を持ってほしいと願う。

2017年6月28日水曜日

気分のいい事ばかりではありませんねえ

率直正直に云って現内閣には腹を立てている。失望どころではない。

組閣発表の折、女性が防衛大臣になったとき、よほどの切れ者だろう
と内心期待した。でも、何故女性?とも考えていた。防衛大臣に??

暫くして、例の加計学園からの仲良しだったことが分かりぞっとした。
憲法九条にまで手を付けられる事を懸念したからだ。

安倍にとって不都合な事や案件は、全て審議されないうちに打ち切り。
婦人の100万円問題しかり。取り上げたらきりが無い。

父を戦争で失った私は、どんな事があろうと戦争に向うような動向は
許せない。私の問題ではない。日本は勿論、世界にとっても戦争に
向わせてなならない。断じて!!

100から数えた方が近いBaabaは先頭に立ってデモる体力は無い。
学生時代に破壊防止法案に反対してデモッた事を思い出している。

現代の日本の若者達よ。もっと怒れ! 行動して下さい。頼むよ。

2017年6月20日火曜日

高校時代

  高鍋高等学校在京同窓会

ホテルニューオオタニで行われたのですが、80以上の面々は
さすがに1割もいなくて。 でも、皆さんお元気で嬉しかった。

隣の席の方と(一回り以上年下に見えたので)親しくおしゃべりを
して楽しく飲み交わし、名刺を頂いたところ、何と、木城町長で、
私の生まれた所。すっかり仲良くなりました。

来賓として来ていただいていた黒木敏之氏は高鍋町長。
この方も、私と縁がある方で、黒木焼酎の現社長。
東京の方は、ご存知の「百年の孤独」等を出している会社です。

近付いて話をしたら、私の母や祖母の事もちゃんと知っていられて
すっかり仲良くなり、うちの店donfanの話をしたら、何と又、
彼も大のjazz好きと云う事で又、話が盛り上がりました。

木城町長とも親友だとの事でした。

donfanたのしみだよ〜〜。 九州ではねー

2017年6月3日土曜日

ミュシャ展

最近あちこちの美術展によく行くけれど、これほど混んだ
展覧会は初めてと云っていいかと思う。

それほどの人気と云う事はあるにしても、長〜い行列の待ち時間
2時間〜2時間半。

足の具合がまだまだだし、立って待っていられない。
事情を係員に話すと、あまり待たなくても良い所に並ばせてくれて
助かった。

こんな事もあるから、言いたい事は云う!と、年とってから決めて
いる事を実行?して良かった。


「スラヴ叙事詩」
この作品一点だけが見たくて行ったようなもの。
チラシやパンフレットで見たのと違ってものすごい迫力が伝わって
来て涙が溢れた。何よりもミュシャの民族愛を感じたからだった。

2017年5月26日金曜日

矢張り。ね。

 村田君の事では大半の人たちが怒ったのね。
判定員に6ヶ月の判定行為禁止の処分が下されて溜飲が下がりました。

2017年5月22日月曜日

スポーツってこんなに楽しい?!

少女時代からは考えられないスポーツ大好きな小母さんになった
私Baabaは、毎日時間があればスポーツ番組を見ている。

特に土曜日曜の競馬番組は最大のお楽しみ。走る芸術品だものね
サラブレット達は。

スポーツは全て勝ち負けがはっきりするからいい。
これが、例えば芸術分野だと絶対に一番二番とか勝った負けたは
無い。言い切れない。

昨日見ていたボクシング。素人の私が見ても村田君が勝ったと
思ったのに、何と判定負けとされてしまった。

すぐボクシング協会か何か知らないけど怒鳴って抗議したかったよ。
そう云う事は過去一度もした事無いけどね。「バッキャやろ」だよ。
いや、「何故ですか」ですよね。失礼失礼。

子供育ても終わり、小さい事業からも離れ、細々ながら一人で
気楽になったBaabaは、あっちの美術館、こっちのライブハウスと
杖1本で出かけ、余生を楽しんでおります。感謝感謝です。


2017年4月11日火曜日

手作りジャム

 facebookで偶然見つけた大昔の友人と、少年少女時代に
帰ったように現在旧交を温めている。

彼は宮崎、私は東京だが、NETの偉大さに仰天すると共に、
それに伴う恐怖も、また、あると云う事も自覚しておく必要
もある。私はまだ恐怖の覚えが無いのは幸いであるが。

と、型苦しい事はさておき、彼から送って来た夏みかんを
美味しく有り難く食べた後の蜜柑の皮でジャムを作った。

出来具合はまあまあかな?
私は毎朝パンにつけて食べている。

手作りのピクルスも店で評判が良かったし、今も変わらず
拵えている。少し彼にも送ってあげようかな。
喜んでくれれば良いけれど。


2017年4月4日火曜日

季節も春。我が家も春。

 思っても居なかった交通事故に遭い、ようやく杖1本で
歩けるようになった。 考えてみれば、あれから3年にも
なろうとしている。

あの日は、長女の誕生日だった。娘には誠に申し訳ない事に
なったが、ずっとずっと面倒を見てくれた。

家族も周りの人も今後は車いす生活だと覚悟してたと云う。

幸いな事に、と云うより、お陰さまで歩けるようになった。
本当に有り難い。全てに感謝したい。

その娘が今年還暦だと云う。 思わず、『えっ』

親と云う者は何時までたっても子供は可愛く小さかった頃の
ままなのだ。どんなに助けられても面倒を見てもらっても。

今後はなるべく(本当に)面倒を掛けないようにしなくちゃ。

と、それは願望であって、矢張り日一日と手をかけてしまう
のだろうなあ。

だがまあ、それは順送りだからと横着にかまえる事にしよう。

子供達よアリガトね。本心から云ってるよ。 ありがとう!!

2017年3月21日火曜日

     出会いの妙   

 人生で、出会いほど不思議な物は、不思議な事は無い。時には
運命的にさえ感じる事がある。

インドネシアバリ島で4年間暮らし帰国して早4年になるが、
滞在中に出会った人たちの中で親戚以上、親子同様な付き合いに
なった方にも不思議な縁を感じていて、今も仲良くしている。

帰国してから突然また不思議なことが起こった。

息子が勝手に設定してくれたFscebookを仕方なく毎日チェック
していたら、そこに見覚えのある名前を見た。中学時代の同じ
クラスの方である。
少々厚かましいと思ったが、メールを出したら、同級生の彼も
こちらの事を覚えていて、それからメール交換となった。

或るとき、彼の友達に私とメールのやり取りをしているんだと
話したら、私が大学受験の時の写真が新聞に載ってたのを見た
と云うので、彼はその日向日々新聞社に手紙を出し当日の資料が
あれば送って貰えるよう頼んだと云う。
たまたまその頃私の家では朝日新聞だったので、私の受験の時の
写真など全く知らなかった。

頼んだ彼も彼だが、65年も前の我が社の新聞を彼に送ってくれた
日向日々新聞社にもびっくり!!  大いに感謝している。

今はメールしたり電話したり、少年少女時代を懐かしんでいる。
彼からは宮崎の美味しい焼酎とか美味しい日向夏みかんが送って
来て、女冥利??(笑)に尽きると云うか、嬉しく頂いている。

特に日向夏蜜柑は、子供の頃家の庭になっていた日向夏と違って
その美味しさと云ったら!!
みかん農家の方が、研究に研究を重ね、愛情いっぱいに育てて
居られるのであろうと深く感動し、感謝している。勿論、頂いた
彼、同級生にも。

蜜柑の皮はジャムにしなくちゃね。香りが良いしきっと良いジャム
が出来るに違いないわ。ふふふ、、。






2017年2月1日水曜日

光陰矢の如し。と。

昔から云われている言葉ながら、80過ぎてからは身にしみて
実感する。


今の私の年で最愛の母は逝った。

日を追うごとに、どれほど素晴らしい母だったか。優しい母だったか。
偉大だったか。強かったか。

「明治の女は強いよ。ははは。」と笑いながら云ってた母の声が
聞こえてくる。

母は田舎で「おひいさん」と云われ、何不自由無く一人っ子として
大事に育てられた人だった。
父が戦地に行く迄は、その延長だった。

が、しかし、父が戦死してからの母は吃驚するほど変わった。
良い意味で、これほど変貌した女性を私は見ないし尊敬している。

とてもとても、母のまねは出来ない。母の足下にも及ばない。

が、母に近ずく努力は しなければ!


今は、名も無き偉大な母に捧ぐ書き物、永遠の追慕を遅々と進めている。