2009年2月4日水曜日

バリの憂鬱

  赤道直下のインドネシアバリは今、まだ雨季が明けない。昼間、雨季とか雨とかを忘れるくらい晴れ渡っているのに、突然雲が出たかと思うと、あっと云う間もなく土砂降りの雨になる。そしてまた、さあ~っと太陽が顔を出す。夜中の大雨はすごい。時には雷を伴い、嵐かと思うくらい。それもまた、朝になると嘘のように晴れている。

南国の雨季はメリハリがあって、私は好きだ。尤も、真夜中の雷雨は心細い。ひたすら雷が通り過ぎるのを待っている。あとひと月もすると乾季に変わるとバリの人たちが云っている。
私にとっては、雨季でも乾季でもいいのだ。南国そのままだからだ。

果物は美味しいよ。多少、旬と云うのはあるが、おおむね1年中豊富。野菜も本当においしいよ。これも1年中ある。特に果物の安さは感謝もの。花も1年中咲いてるよ。いつもと変わらない花達。優しいインドネシア人。

な、ん、に、も云う事が無い。云うなれば、し、あ、わ、せ。

なのに。なぜ?落ち着かない。不安感は無いが、しっくりしない。何か、何処かに忘れ物をして来たようなじれったさ。人が聞いたら怒りだしそうな贅沢な苦しみ、と云って大げさならばちょっとナーバスになってない?あなた!でしょうか。

現実の世界のニュースは知っています。現実に目を背けてるのではない、決して。そして、心の揺れに感傷的になっているちっぽけな自分を思いっきり叱咤している。罵倒してみる。

それでも尚、インドネシアは、バリ島は、他所の国というのだけは変わらない。
所詮私はエトランゼ。 ストゥレンジャーなんですよね。

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2009年1月21日水曜日

忘れがたい山と湖を後にして

バトゥール山と対比して目の前に見るアバン山は、湖も、人をも包み込むようにして優雅に横たわっていた。 その、母のような山に囲まれて、静かに水をたたえるバトゥール湖は、あくまでも清らかで神秘的だった。

去りがたい山と湖を後にして、私達は北へと車を走らせ、ジンガラジャに向かった。オランダが最初に上陸したところで、その時抵抗して戦った地元の英雄のモニュメントが建っている。このジンガラジャに住みついたオランダ人が作った街は、バリの家並みと違って、洋風で、どことなくエキゾチックだ。

バリ島の首都がデンパサールに移るまで、オランダ統治下の表玄関として栄えた地であると云う事だが、バリの人たちは、「カンプンブギス」と 呼んでいる。ブギス村のバリ人でない人と云う意味だとドライバーのウイッキーが教えてくれた。オランダ人の血が混じっているせいか、やはりどことなく違う。

ブラタン湖やギギの滝などを見て回るつもりが、キンタマーニ地方で穫 れたコーヒーで、インドネシア初の、『地理的表示特許』が認定され、バリ から世界のブランドとして国内外の市場に出ると云う「キンタマーニコーヒー」を買いたくて、散々ウィッキーと鈴木夫妻を困らせたのは私の我がまま だったが、ようやくキンタマーニコーヒーを売ってるところを探して買って帰った。

キンタマーニで穫れたには違いないが、どうも私の思惑はずれ?かな?漢字とも中国語とも分らない表示で、『金塔馬尼 珈琲』とあるのには吹き出してしまった。ごめんなさい!

途中、カンプンロビナ『ベニュアリット』で食べたお昼はとても美味し く、ついつい、酒も、で、大満足した。田舎マーケットで、野菜や果物を買い込み、また、にぎやかに大笑いし ながらクタ方面の帰路についたのだった。


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2009年1月6日火曜日

ドライブ1泊旅行


アリッツに3月までいる予定の鈴木ご夫妻と車をチャーターして観光に出かけた。いつもの、行き当たりばったりの私と違って、スケジュールをきちんと立てて下さったのであやかる。

バリの、どの観光案内にも宣伝してあるところは勿論いいが、今回は、ご主人ががこちらで知り合った、産経夕刊フジの元記者さんのバリ体験ルポにある辺りに行ってみてもということになり、ご主人が日本から持って来たバリ島歩きの案内書なども参考にし乍ら、気心知れたドライバーと奥さんと4人の道中の何とにぎやかなこと! 一番ワッハッはとやってたのは私かも知れないが。

スマラプラ宮殿は、オランダが最後に制圧した地方の王の住まいだった跡だそうで、勇敢に戦った部族の英雄のモニュメントが街の中心にそびえている。 勿論、どの宣伝案内にも出ている。

塩田などを見て、塩を買い、昼食はロブスター食べたいねと、看板に、ロブスターと、値段も書いてあって、海も見えるレストランに入る。とても美味しくボリュームもあるインドネシア料理だったが、姿のままの塩焼きが食べたかったんだわ。

鈴木さんご主人のプランの宿泊先は、元記者さん紹介のキンタマーニ湖畔のレイクサイドコテージ。日本人の奥さんがOL時代に貯めた金で始めたと云うことだ。

そこへ行く途中、五つ星のアマンキュラホテルに寄る。まあ、お茶だけだけど。 やはり、さすが!いつか泊まりたいね。と云い乍らコテージに向かう。

この前来た時に、霧で見えなかったバトゥール山もバトゥール湖もバトゥール山と対比して湖を抱くようにして横たわるアバン山もくっきりと見えて嬉しかった。夜は、温泉につかり、簡単な夕食を食べた。明日の予定はシンガラジャ方面。バリ島の最北端だ。


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このメニューは?

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2008年12月30日火曜日

2008年もサヨナラか!?

泣いても笑っても今年はあと3日。2008さようならです。

75年生きて来て、赤道直下のバリ島で暮らすようになるとは考えても見なかった。が、今ここで私は生きているし、まあ、どうって事でもないようにも思える。

四季の変化があろうと無かろうと、皮膚の色が違おうと、言葉の違いがあろうとも、陽は東から昇り西に沈み、人間の営みは「おんなじ」同じだからだ。

この一年、振り返る暇もないないくらいの変化はあったが、一歩の進化も無かったのが口惜しい。こうした人間の営みの繰り返しで一年が終わろうとしている。これでいいのか?と、自問する前に、今、此処にこうして生きている事だけで奇跡なのではないのでしょうか?みんな、そうなのです。生きている事が奇跡なのです。幸せなのです。

また来年も、愚にもつかない事に一喜一憂し「いっしょけんめいに」生きてゆこうではありませんか。2008年よアリガトでした。

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2008年12月26日金曜日

バトゥール湖からタナロットへ


キンタマーニは山の名前と勘違いしていたが、標高約1000m 以上のバトゥール山麓付近一帯の村を指すのらしい。キンタマーニ地方とも云っている。雨期に入ってから観光したので、バトゥール山は霧でかすんでいて写真を撮ることができなかったが、バトゥール湖は、瞬時晴れて上掲の写真を撮ることができた。

クタから1時間くらい車を走らせると、だんだん空気が澄んでくるのを感じる。バトゥール山の裾野に広がるバトゥール湖は、見ているだけで心も洗われるような気がする。

たまたま時を同じくして、ジャカルタ新聞に紹介されていたが、キンタマーニ地方で穫れたアラビカ種のコーヒーのみが、『キンタマーニ.コーヒー』の名前で、インドネシア初の「地理的表示特許」と認定され、バリから世界のブランドとして国内外の市場に出るようになるとの事で、何だか自分の事のように嬉しくなっている。

途中、ウブドのカンプン(田舎の意味)カフェで昼食をとり、タナロット寺院へ向かった。

バリ島の絵はがきには必ず加わっている、一見、人工的とも見まがう自然の巨大な岩?島?島にしては可愛い小さな島のまん中の洞穴に仏が祀ってあり、干潮の時にはそこまで行けるそうだが、私が行った時は満潮だったし、眺めるだけだった。 本当はタナロットのサンセットを見るつもりで時間も合わせて行った のだが、雨期と云うこともあり、雲が邪魔をして。でも、その雲がまた素晴らしかった。 地平線の上いっぱいに広がった雲。気持も雄大になる。

夕日に映えたタナロット寺院を見られなくて残念がっていると、乾季のときでも、なかなか絵はがきのような夕陽には出会えないとの話だった。 

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2008年12月24日水曜日

チャーリーの友達、もう一度。


チャビと付けた女の子、相変わらずチャーリーのお供えを食べに来てますが、この写真、2匹仲良く食べてるのは、母ネコのミミ(と呼んでます)なんです。

ちょっと前、めずらしくチャビが食べ残してるので、??と思ったら親ネコを呼びに行ったらしいのよ。初めて母ネコが食べに来たの。そして、ごらんのように仲良く食べてるじゃないの。それから、1週間くらいだけど、親子一緒に来て、仲良く食べてるの。毎日ね。

親子だなあ、、。と、私、感心しきり。
近頃の親や、物心つき始めて何を考えてるのか分らん子供。それより(・・・やっかいな人間のことはさておき・・・)もっとネコ好きの皆さんに見てもらいたくて、またまたブログにしました。おわり。



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2008年12月17日水曜日

チャーリーにガールフレンド??

毎日チャーリーのご飯を食べに来る子猫。勝手にチャボ君なんて呼んでいたが、どうも、おんなの子みたいなの。凛々しい顔しているし、ハンサムだなあと思ってて。でも何となく、君、おとこの子?おんなの子?って聞いてはいたのよ。何たって野良ちゃんだから、近付きすぎると逃げるし、確かめようがなかったのよ。

でも最近、食べてるそばで見てても、平気で食べるようになって、ありゃ、おんなの子ちゃんじゃないの。じゃあ、美人だし、名前はチャビにしよう、ってチャビちゃんに改名しました。アッハッは。

チャーリーは、とうとうおんなの子と縁がなく、生涯独身でした。これは全く、飼い主の我がまま以外の何ものでもなく、若い時は表でメスネコの鳴き声に耳をピンとそば立てたりしたんだけど、だんだんそれもなくなって、バリに来た時なんか、外の声がしても知らんふり、何の反応もしなくなって、人間で云うと、80歳すぎだしねえ。と、毎日おだやかに昼寝などしてるチャーリーをみては思ったものでした。最期も、ほんとうに、おだやかに、しずかに、私の腕の中で逝ってしまいました。


風さんに教えられました。 風さん、ありがとう。
星になったチャーリーは、風になって、いつもいつも、わたしの
上を、まわりを吹き渡っているのですわ。

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2008年12月13日土曜日

ビーチの隠れ家的スポット

バリのビーチと云うと、観光客の派手な水着スタイルと、大部分がカップル、家族連れ、団体旅行にサーファーと、時に、逞しい体つきの男性と、インドネシア人の若く可愛い男の子のカップルもある。まあ、本当に皆みな、エンジョイしてる様は見ていても楽しい。

因に今12月、日本は氷点下**度です、のニュースも聞くが、バリは勿論、夏。ビーチも乾季ほどの盛況は無いが結構賑わっている。


こちらで一番の仲良しになった友人が、空気も海もちょっと違うわよと連れて行って下さったのが、パタンバイ海岸。ここからは、ロンボク島への船が出ている。その湾からひと山越えたところに、また湾があり、これがブルーラグーン。まさに隠れ家的、いや、隠れビーチ? これもおかしい? でも、そんな感じ。


が、知る人ぞ知る、というか、さすがはダイビング会社の社長さん。あ、ちょっと紹介すると、彼女のご主人がバリの人。子供が12歳を頭に5人! 涙もろく太っ腹のママは、武蔵野美大を出た才媛。5人の世話ばかりでなく、も一人子供のようなbabaも入れると6人の面倒もスイスイこなしている。ブルーラグーンで子供たちがはしゃいでる間、私と彼女は、缶 ビール。彼女のもう一つの大好きなところは、baba以上に酒が強い事。推して知るべしだわね。

下の写真はヨーロッパ人のカップルだと思うけど、彼女がノートに夢中で書き込んでいるのは何かな?小説? 彼は、波が彼女にかからないよう砂を盛り上げるのに夢中です。


ね、こんな風景は、クタやスミニヤックの海岸では絶対に見られないで しょ?

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2008年12月3日水曜日

チャボ君とお母さん猫















最近、よく遊びにくる野良猫の親子。
チャーリーの餌をあげると、おいしそうに頬張る。
愛情あふれる母猫の表情に、こころが和みます。
 
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世界中で大事件が

バリは雨季に入りました。と、のんきな事は云っていられないほど、世界の各地で次々と恐ろしい事が起こっている。バリ島でまたテロが。と、いつニュースになってもおかしくないし、遂に東京が!!との報道がなされても、と云う、おっそろしい世の中の状況を、どうか、政治家さま、「人道的に」なくす方法を考えて下さいませ。

東京で起こった上級官僚殺人事件。如何なることがあろうと、どのような原因があろうと、殺人はあってはならない。してはならない。まして、あの事件は、全く関係のない人が被害に遭われた事を考えると決して許せない。

しかし、(決して決して加害者の弁護では無い)彼の云う、30年前の、殺された家族の復讐(彼の場合犬だが)だというのは、本心かもしれない、と、思った。

ニュースを聞いた時、直ぐ思った。「あ、ペットロス」が、嵩じて、とうとう気が狂ってしまったと。30年も前の事を!と、ニュース解説でも、犯罪心理学者とやらも云ったり分析したりしてるが、30年の月日が、いやが上にも根深く潜伏して、とうとう気違いになったんだと思った。自首した時のふてぶてしいまでに落ち着いた顔と冷徹なほどの殺人計画はとても気違いとは見えないが、人間が人間を殺す瞬間は、完全に気が狂ってると思う。狂ってなければ人を殺せる訳がないと思う。

少年時代の傷は、彼自身が自分で思ってたより深く受けて、その傷は屈折して、歪みにゆがみ、決して癒える事無くまた根深く沈殿して、その性格や生活にも依るが、とうとう殺人狂になってしまった。

何回でも云う、決して許される事件ではないが、保健所に翌日犬を迎えに行ったら、「処分しました」と聞いたときの少年の衝撃と傷を思うと可哀想でならない。

が、その逆もあり得る。と云う事に気付きブログにしてみた。ペットロスから厭世的になり、自分を責めて、死にたくなる人間も居るかもと。その両方とも極端であり、弱い人間だ。強くあらねばならない。

人間と生まれたからには使命がある。と。使命を自覚した時人間は強くなるのだ。

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2008年11月21日金曜日

坂本九ちゃんの歌を思い出した

”上を向いて歩こう” に申し訳ないけど、下を見て歩かないとえらいことになるよ、このバリ島クタの街は。ホント、”下を向いて歩こう”に替えて歌わなきゃ。
日本から来た全部の人が云うけど、バリ島の下水、ゴミ、道路。本当にどうにかならないものかしら。

バリ日本人会の有志が、実際にこの問題に取り組み始めて、日にちを決めて、地道に活動して下さってるが、道路までは!?
商店街、というより道沿いに並んでいる様々な店を見乍ら歩くと、下水道、(といっても流れていない)に蓋をしているセメントが、壊れたり欠けたりしていて、落っこちそうになる。それも、20mも歩くと、また、それなのよ。

ああ、バリかあ。いいなあ。風光明媚。一年中夏。という、他の国に無い素晴らしい所だよなあ。とも、思い直し乍ら、ゆっくり歩いていると、今度はもっと胸の痛くなる事が待っている。 見るからに貧しい様子の子供が走りよって来る。手を差し出し乍ら。 どうしても無視できない。私も2つにわけると貧乏人だが、とりあえず腹は減らしてない。バッグから小銭を取り出して上げようとすると、たちまち数人の子供たちに取り囲まれる。

また、余計な事を考えてふさぎ込んでしまう。損な性分だよね。いえ、どうにかなれば、ふさぎ込むなんて無いのよ。

チャングウの友達の家に遊びに行った。おお、どぶ川の水が流れてるよ~。稲穂の出る前の田んぼは緑濃く、吹く風もさわやか。あーよかった。田舎に行けば、まだこんな風景もあるのね。

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2008年11月14日金曜日

日本の秋とバリのあき

赤道直下のバリには秋は無い。あるのは乾季と雨期だけ。時差だけで云うと1時間しか違わないのに、と、思う。

雨期の終わり頃と、雨期のはじめは、真夏よりも蒸し暑い。真夏と思われる6、7、8月は、太陽ギラギラなのに空気が乾いていて、むしろ気持よく、バリで一番の気候だといわれているのも頷ける。

こちらに来たのが5月中旬だったから、やはり南国だもん蒸し暑いわと思ったが、8月は本当に気持よかった。

11月に入り、蒸し暑い日が続いていて、時たま夜半の大雨に驚いたりしているが、朝になるとからりと晴れて蒸し暑い日が続いている。雨期の予兆には違いないが、本格的な雨期には入ってないのかな? 未体験の季節を味わえると思うとちょっとわくわく。しょうがない婆さんだわね。まあ、balibabaだし。

で~も、羨ましいなあ。日本では秋のG1シリーズ突入。ええ、勿論、わたしの愛しのサラブレットたちの競争よ。ああ、走る姿が見たいなあ。