2010年3月15日月曜日

楽観的な国民性とお祭り大好きバリ人

ロンドンの調査会社が世界26カ国を対象にした調査結果で、最も楽観的な国民はインドネシア人で、75パーセントを占めたとの記事を見たが、 その中でもバリ人は抜きん出ているのかも知れないと実感している。

こちらの要望を分っているのか分っていないのか、人のいい笑顔でにっこりされると「まっ、いいか」と云う気になるのは私だけでは無いらしい。

また、アメリカの観光雑誌の調査に依ると、アジアの観光地の人気番付けが載っていたが、 トップはバリ島ウブドとなっていた。 2位バンコク、 3位香港、 4位チェンマイ、 5番目が京都。 東京は9位と云う事だ。

番付けとなるカテゴリーは、 1景観と雰囲気の良さ、 2文化、 3宿泊施設、 4レストラン、  5ホスピタリティ、 6ショッピング の6項目となっている。
  
私は、うっそ~と異議を唱えたくなってしまった。長年ギスギスと働いて来た私は日本人の長所であり短所でもある(と、私は思ってる)勤勉と実直さみたいなちょっと困ったような癖、よく云えば、習慣を拭き払う事が出来ないのだ。それに日本製品の優秀性(ハードからソフトに至る迄)。食べ物は言わずもがな。それと「日本が何と云っても一番!」と、頑に思っているので、思わず 「うっそー」と出てしまった。

でも、景観と雰囲気の良さでは、やはりバリには負けてるよねえ、と、素直に認めよう。あの、何とも云えない曖昧な、何もかも包み込むような微笑み。何でも許してくれそうな寛容な雰囲気。こういう国民性が、最後の楽園などと謳われて、世界中から観光客を呼ぶのだろうなあ。

16日は、ニュピ。このお祭りこそ、世界中が一斉に真似をして欲しい行事だ。サカ歴の新年となっていて、日本の元日に当たるのだが、バリ島ヒンドゥ教徒のいわば精神修養の日でもある。4~5日前から、街や家庭は、お祭りの飾り物。

16日未明から17日午前6時迄、外出、移動、車の使用、火と電灯の使用、娯楽、飲食店の営業、空港の離着陸、船舶、海運、全て禁止となる。

そして、そして、翌日空を見てごらん!!空気を感じてごらん!!
神々がバリ島を清めた証拠とでも云おうか。清浄な神聖なこの島を満喫 できるのです。1週間に1度の頻度で、どこかしら、あっちの町こっちの村で祭りをやっているバリには時としてうんざりもするのだが、このニュピだけは最高に大好きなのだ。



-------------------------------------------------

2010年3月8日月曜日

バリはまだ雨季



バリはまだ雨季が明けませんが、夜、大雨でも、朝になると
晴れ渡った空が眩しく美しい。こういう瞬間は

  「いいなあー バリは」 

と、住んでいる幸せを思いっきり感じるのです。
                                  
                                  
*********************************************************

2010年3月6日土曜日

驚くべき多様性のインドネシアに揉まれ血圧アップ

      
ひとくくりに多様性と云ってしまえばそれで納得!というのもあるが、 勤勉な日本人としては、始めから「あっそうなの」といかない場合が多々ある。

私も日本では南国日向生まれ。いい加減の所はいっぱいある。いい加減もまたいい「塩かげん」みたいに、何とも云えないニュアンスもあるが、ここ、インドネシアは腹立たしい「いい加減さ」がいっぱいある。それが気になるのだ。

ユドヨノが2度目の大統領に就任したときの演説で、汚職撲滅を真っ先に上げたほど、官僚官職の人間の汚職はひどく、善良な島民はそれにほとんど関心がない。

尤も、インドネシアでも、すごい革命家もいる。伝説の革命家、スマトラ生まれのタン.マラカは20年もの間、亡命生活を送りながら、アジアの民族解放闘争や国際共産主義運動に一生を捧げ、国軍によって処刑されたが、その後、 政敵だったスカルノ大統領によって、国家英雄に認定された。
その他、カルティニのような女性革命的指導者もいるし、感激的な人物は沢山いる。

一方で、或る何代目かの大統領の「御曹司」が殺人罪で刑期15年の判決での獄中生活は、ホテルのスイートルーム並みだったと云う話だが、恩赦により出獄し、早速、ある党の党首に立候補したり、、、。さすがに誰も投票しなかったと新聞に載った時は胸がすっとしたものだ。

まあ、そんな事よりも身近になんだかんだと不条理が当たり前のここ南国での生活法を身につけないとやって行けないなあと、反省?しきりの入院生活の2日間だった。
                                         
                                           
**************************************************

2010年2月24日水曜日

222はにゃんこの日


 今日は2月22日。その上、平成22年が付くから22、2、22で、2が5個も並ぶ。22年が付いて5並びの2,22と云う日は2度と無い。

同じ数字が2個並ぶと云う事に付いては、24日は母の誕生日で、生きていれば99歳となる。2ならびついでだが、もうすぐ私も、7の2並びとなる。うっそっ!!と云いたいが、思いたいが、現実、喜寿とやらでございます。

22の日、にゃんにゃんで、またもトムやチャーリーを思いだす。あれほど良く出来たネコ達はいなかったなあ。戦友でもあった。特にチャーリーはバリ迄一緒について来て、、、。

隣りに住んでいるヘレンとは、チャーリー絡みで友達になった。彼女のネコちゃんも、奇しくもチャーリーといい、奇しくも外国(アメ リカ)で亡くなり、奇しくもうちのチャーリーと同じ18歳だった。

二人の共通点はそればかりではない。奇しくも、あ、これは奇しくもなんて云わないが、かなりの酒飲みでございます。と云う事。

それもあってか、二人の間には隠し事なんて存在しない。あ、一つだけ趣味が違う。私のたった一つの趣味(遊び)は競馬。彼女のたった一つの趣味はチェス。最近はかなり入れ込んでいる。入れ込んでいるって、馬が興奮してる時の言い方じゃないの。ごめん、ヘレンちゃん。

彼女は私よりも一回り?じゃなく、うんと年下だけれど、何かと面倒を見てくれて、本当にありがたい、無くてはならない人なのだ。この年になって、南の島に来て、こんないい友達ができるって、本当に
幸せな事だ。  チャーリー、アリガトね。
                                    
                                     
                                         
**************************************************

2010年2月15日月曜日

バレンタインデーと春節

    
 最近の若い日本人は、(とうとう私も最近の若いもんはと云うよう になった!)どうも、お正月やひな祭り、端午の節句よりも、バレンタインデーやク リスマスにウエイトを置いているような気がしてならない。悪いと云ってるんじゃ無いが。

今日14日はバレンタインデー。ある女の子の話。彼に明治チョコレー トを持って行ったら「僕はゴディバしか食べない」と云われ、そのせいで、 と、(彼女は云ってたが)振られたって。あっはっは。 私は明治チョコが日本では一番好きだが。特に板チョコは美味しいよね。そんな男、こっちからお断りダーイと云ってやりなさい!といったんだわ。

インドネシアで、州によっては98パーセントがムスリムだと云われる ある州の知事が、バレンタインデーでチョコやその他の贈り物禁止という、 これもまたびっくりのニュースがジャカルタ新聞に載っていたが、バレンタイ ンデーは『他宗教のお祭りだから』だって。クリスマスにはどんなおふれを出すやらと私は野次馬根性たっぷりに楽しみにしている。あっはっは。

今日はまた春節。中国暦の新年だ。中国人は勿論の事、中国系のインドネシア人もきれいに着飾り、お正月を祝う。イムレックと云って、インドネシア国 の祭日となっている。スハルト独裁時代(30年も続いた!)中国は冷遇され、漢字さえ禁じ られた。勿論イムレックなんてある筈は無い。30年もトップに居ると、、、ねえ、、と、腐敗と蓄財の話を沢山聞い てるが真偽の程は知らない。と云うことにしておく。

その後、ワヒド大統領時代、多様性の中の統一を謳い、インドネシアも大きく変わった。去年来イしたオバマ大統領もインドネシア文化の豊かさと驚くべき多様性を評価し、この10年の素晴らしい変化は民主主義とイスラム、そして近代化が共存して行く事を示唆していると、希望ある演説をした。

1昨年、ひょんな事からバリ島に来た(来てしまった)私は日イ国交樹立50周年の大きなイベントに遭遇して、これから面白いことになるかもと期待やら予感がしたのだが、本当に面白いことになるかも知れない。少なくとも私個人としては面白くして行かなくっちゃ!!ねえ。同じ人生だもの。


********************************************

2010年2月2日火曜日

春の訪れ


  日本は、暦の上では春。立春だ。ここインドネシアは季節の変化、
変わり目は全く無いと思っていたが、それは早合点だったと気が付いた。
わずかながら、かすかながら、季節の変化がある事に気が付く。

一年中果物がある、と思っていたが、矢張り、食べごろ,旬がある。
花も、雨期の間は少ない。

去年、窓の下に紫陽花に似た花をつける枝を挿し木した。雨期だった
から、ちょうど去年の今ごろ。
それが、1年の間に1メートルも伸びて、つぼみをつけ、一斉に咲いて
くれたのだ。葉っぱは紫陽花にそっくりだが、花は花弁が4ッつの
小さな、可愛らしい、控えめな集合花だ。それでも自分でした挿し木が
成長して花をつけたのは嬉しい。

あ~ら、ちょうど都合よくチョウチョが飛んで来て止まったわ!!!

バリ島も春なのね、と、急に嬉しくなる。浮き浮きして来る。
こんな気持を大事にしたい。





*********************************************


2010年1月28日木曜日

窓からこんにちわ~


 わたし、ヤモリ達と同居です。って云うと、ええ~っと驚かれるわね。 バリでは、家の守り神として、決して粗末にしないのよ。 生地の柄とかバッグの柄にも使われたり。でも私はそれはちょっと、、。


私が同居してると云っても、部屋の壁をすばしこく這っていて、額縁の後ろに隠れたり、天井の隙間みたいな所から外へ行ったりしてる。 何を食べてるのかなあ。蚊とか蝿? 体長は10センチくらいのが多い。 決して人間には近寄らないからご安心を。

うわっ、思わずカメラを向けてパチリ。上の写真です。驚き! でもこれはヤモリじゃない!って直ぐ気が付いたわ。身体に鱗があるの。目もこの通り迫力があって。体長は25センチ?いや30センチくらいだったかも知れない。 直ぐフロントに行って聞いたら矢張りトカゲだった。 ヤモリはチチャ トカゲはカドゥ そして大トカゲをコモドドラゴンだって。

最近コモド島に行った人が撮った写真を借りました。すごいわねえ。 私も今年はこのコモドドラゴンに会って来ようと思ってる。 コモド島はバリ島から東へ約500キロ。ま、行きたい所ばっかりで困るけど。

コモドドラゴンは大トカゲだそうだが、全く別のものに見えるわね。 体長3m、体重150キロ以上もあるそうだから。 因に日本では円山動物園にもいるそうですよ。
*************************************
*************************************************

2010年1月23日土曜日

春の嵐

今朝の凄まじい雷には驚いたの何のって、、、。ピカ~っと光ったと同時にごろごろお~っだもんね。 年を取ってたって怖いもんは怖い。でも、 自分の真上に落ちる心配をしないのは不思議だわ。一瞬の計算をしてるのよね。バリはまだ雨期の真っ盛り。あとひと月くらいは雨。でも昼間はから~りと晴れる。

計算出来ない不思議のうち、政界の7不思議。目下、近年初めて与党と なった民主党。過去、野党だった頃、しつこく追求してた金の問題。自分達の問題となると手を緩める。それどころか、、、 ね。 もう私も知らんわ。

今日はまた、18年近く無実の罪で牢屋に入っていた人のやり直し裁判が始まった。 何と気の毒、不運だったとしか言い様が無いが、私は素朴に思うのよ。 どのマスコミ、どのニュースでも、裁判そのものを云々するけどどんな容疑で引っ張られたのか、それを報道しないから私は知りたい。

引っ張られるにはそれなりの理由が無ければ、いくら権力の警察だって安易に留置出来ないんじゃないの?? 日本に居れば沢山週刊誌が出てるからそれを報道してる記事があるかもしれないけど、目にした事も耳にした事も無いから知りたいのよね。 こんな事書くときっとひんしゅく買うかもね。探偵小説とちゃうのよって。

これは不思議でもなんでもないけど、バリは今建築ブーム?あっちでもこっちでも7階建て8階建てのビルが建ち始めた。それに連れて車の数も増える。 だんだんジャカルタみたいになったらどうなる? だいたい、バリは風光を保つため、高層建築禁止なんだって。それを平気でどんどん建てるのよ。役人に袖の下を通せば見て見ぬ振りをすると聞いたわ。何処の国でも同じねえ。お陰で、いや困った事に貸家やアパートの家賃も軒並み倍近く高くなったとの事。

インドネシアの役人にはびっくりするよ。今回の大統領選で2期目をつとめるユドヨノさんも、真っ先に汚職撲滅を掲げたもの。司法マフィアと云う単語? が連日新聞に載るよ。

あ~あ、「春の嵐」 と、もっとロマンチックに行こうと思ったのに、、、


-----------------------------------------------------

2010年1月15日金曜日

うへ~ もう15日!!

 こう云うの、正月ぼけと云うのだわね。
気が付いたら元日からもう15日が過ぎようとしてます。
一体何をしてたのかしら??

寝込んでいたわけじゃなく、遠出して遊びに行ったわけでもなく。
日記をつける私じゃないけど手帳にメモは書いておく。
あ~そうかあ~
何と毎日出かけてるか、人が訪ねて見えるとか。
それも午前中、午後、夜とひっきりなしなんだわ。

ある日なんか、知らない人が訪ねて見えた。
インドネシア人の旦那様に日本人の奥さん。

バリで、リタイアメントビザで元気に一人暮らしをしてる人の
話を聞きたいとおっしゃる。 こんなの以前にもあったっけ。

まあ、正月の2日に訪ねて来たお二人は、
日本にいるお母さんがバリで暮らせたらいいと考えているとの事。
自分達はまだもう少し日本で働いていたいので、、、と。

誰に私のアホぶりを元気と間違えて聞いて訪ねて下さったのか!?
正直に思ってる事を話すしか無いでしょ。

バリに観光に来る。最高ですよ~。
バリで生活する。う~~~ん。 
観光に来て遊んで帰るのとはちょっと違いますわねえ。
それなりの覚悟は要るかも知れません。
何~にも考えずにおくと、楽園でしょ。
ほら、今日だってTシャツと短パンでいいのですもの。
寒くないのは有り難いですものねえ。私は笑った。


-------------------------------------------------

2010年1月8日金曜日

バリから ホワイトタイガーも あけまして!!



今年も、どうぞ、
よろしくお願いします。


BALI SAFARI PARK

に、こんなに若くて美しい
見惚れてしまう

ホワイトタイガーのカップルが
いるんですよ。

2009年12月30日水曜日

「ゆく年も 来る年も亦 愛おしく」

などと拙句が出て来ると云う事は、間違いなく老いに向かってまっしぐら!
と云う事。 実感がないのは幸いだろうか?

先日、お客さまで、親友(勝手に思ってる)でもある厚子さんから小包が届いた。
もう、びっくり!! 新海苔がど~っさり!!
東京にいる時だって、こんなに贅沢に、沢山海苔を食べたことあったっけ? 
口に出して厚子さんありがとうと云い乍ら頂いた。
こんな美味しい海苔、バリで仲良しになった人たちに分けて上げなきゃ!
日本人は勿論、イタリヤの人、アメリカの人、勿論インドネシアの人たち。
み~んなみ~んな喜んでくれた。改めて、厚子さんありがとう!!

そして、また今日、宮崎の友人,広子さんから小包が届いて、、、!! 
懐かしい切り干し大根や宮崎特産の椎茸など、、、。 
よ~し、お正月のおいしい煮物が出来るぞ~

大晦日には、バリで知り合った友人達が訪ねて来ると云うし、
まだまだ老け込んでいられないわ。

多くの人たちに感謝しつつ、2009さようなら~


********************************************

2009年12月17日木曜日

「ふるさとへ 届けるお歳暮 みなみ風」

   
 日本からのメールでは、「サムイよ~」です。そうなのですねえ。
12月ももう半分過ぎて、もうすぐお正月ですもの。

お蔭様と云いますか、寒さ知らずのバリ島で暢気に暮らしていますが、
お歳暮のつもりでこのバリの風を送って上げられたらいいなあと
空想してるうちに、拙句が出ました。

拙句ついでにもう一句


   「みなみ風 届けや君に 幸あれと」


心から、お届けしたいと思うのです。


********************************************

2009年12月4日金曜日

『ひとり居て 南の島の 師走かな』

   こんな、現在の心境に偽りは無い。
 
 気温は30度。青い空。穏やかな風。
1年中変わらない、 みどり鮮やかな木々達。ブーゲンビリアの可憐。

人々はのんびり暮らし、「今日を生きてるだけ」で「感謝」の祈りを捧げる。

どんな事をしてもこの国の人たちにはかなわない。と、時々思う。

それなのに、12月の街の日本の喧噪を思い出している。
そして、素晴らしい日本の四季の変化を誇らしく懐かしむ。

やはり、わたしは日本人でよかった。わたしは日本人であり続ける。


**************************************************

2009年11月13日金曜日

美しい島レンボンガン


美しい島レンボンガンを下船前のボートから撮りました。
島の半分くらいがマングローブです。
右の方に民家が点在し、観光客目的のホテルもあります。


ボートから小さな船に乗り換えて
マングローブの葉の覆いかぶさった水路をジャングルへと進む。


マングローブたちの木の根 満潮時にはこの根っこは隠れてしまう。



大きい木の幹の写真。 中にはびっくりするような大木もある。
20mもあろうかと思われる高さのマングローブの樹は細い水路を
    傘のように覆っている。枝先から見える空が眩しい。




砂浜のあちこちに、こじんまりとしたマングローブが見られる。





レンボンガンの海は、珊瑚礁と云われる。これは船長コマン さんに
水中カメラで撮ってもらったもの。ちょっと潜るだけで、
こんな美しい 珊瑚に出会え、きれいな可愛い魚たちにも出会える。

ボートの上からでもこんな珊瑚が揺らいで見える程に海の水は澄んでいる。

2009年11月6日金曜日

MAJAPAHIT マジャパヒト王国の発掘


       
 バリに来て出来た友人が、近々マジャパヒト王国の発掘をする話になって いるけど、一緒に行きませんかとなった。 その友人、大学の専門は考古学で、定年前は日本のある博物館の館長をして 居たと云う事もあって、そんな話が舞い込んで来たらしい。

暑い中、(殆ど熱いよ)「この年寄りが一体何をすればいいのよ」 「みんなが作業してるのを酒でも飲み乍ら見てたらいいでしょ?!」 「ちょっと~、うそくさ~い」
とは云ったものの、俄然バリの王宮に興味を持った。バリにはいくつか の王宮が現存していて、写真はその一つ、デンパサールのポモチュタン宮殿を見学した折りに、一緒に写っていただいたのが、こちらの王様。 実に大らか、気さくな方で、私達が日本人だと思って、坂本九ちゃんの”上を向いて歩こう”を歌って下さり、写真を撮るとき、こうやって写りましょうと、両手を合せた形をして見せて下さった。

イダ チョコルダ ポモチュタン11世と名乗っていらっしゃる。 大抵の王族は、宮殿見学者などには姿を見せられないのが普通なのだ。 私はこちらの大らかで飾らないポモチュタン11世をすぐ大好きになった。

王族と云っても現在はほとんど末裔の方達で、王族の流れを汲むバリ人はゴマンといらっしゃるが、はっきりと何世と名乗ってらっしゃる方はあまり居ない。 13世紀末から16世紀前半にかけてインドネシア屈指の大国として繁栄したマジャパヒト王朝は、イスラム勢力の台頭によって崩壊した。 この時、大勢の貴族、僧侶、芸術家、職人たちがバリに亡命した。 彼らはクルンクルン近くにゲルゲル王朝を作り、文化芸術の中心となって行く。 17世紀迄繁栄したとされている。

現在、バリ州は8つの県に別れていて、その祖先を辿ると、大方が小王国の王 だったと云う事だ。 話を戻して、2008年に日本とインドネシア国交50周年を迎えたのを機に、両国の関係が古くから歴史、文化を共有して来た事を見直し、インドネシア人が誇りにしている最後のヒンドゥ教の聖地であるマジャパヒト王朝を日本の協力で発掘すると云うのも意義ある事だと「日本マジャパヒト協会」は宣揚している。                                          
                                                                                        
***************************************************