2009年7月20日月曜日

ちょっと外に目を向けると

インドネシア大統領は、ユドヨノさんに決まり、世界中、大方の人に歓迎されたようで、目出たく二期目に向かってスタートした。大統領選で暴動が起こって、未だその火が消えぬ国もある中、目出たいスタートであると思う。

オバマ大統領も祝辞の中で、インドネシアに民主主義が順調に育っているとの喜びを発していたが、ユドヨノ氏は、インドネシアがアジアをリードして行くと、胸を張っての演説である。目出たし。めでたし。

スカルノ初代大統領は、オランダからの独立を勝ち取り、建国の父と迄讃えられたが、大統領の椅子に長く座っている間に変貌したのではあるまいか。元大統領メガワティ女史はスカルノさんの長女だが、その時の部下だったユドヨノさんがメガワティと共に大統領選に出馬し、ユドヨノさんに破 れて以来、口もきかないそうで、今回も又敗北したのに、敗北を認めないとかのマスコミの情報である。
どうか、ユドヨノさん、支持者の期待を裏切らない、いや、世界の歴史に輝く大統領としてアジアの為に働いて下さい。

ユドヨノ氏が掲げた政策の一つは経済の安定発展だから当然として、二つ目に汚職撲滅を揚げている。どこの国でも多少の汚職や贈賄があるのは常識(えっ、忌々しいっ)だが、インドネシアの汚職贈賄は目に余る。中で、汚職ナンバ-1が裁判所(本当だよ)だと云うから恐れ入る。いやはやオッソロしい。

この調査は国のしかるべき調査機関のもので、報道はジャカルタ新聞である。報道だけなら、私もこんなに怒らなかったかもしれない。だが、大事な友達の事で、二の句が繋がらないほどの裁判所決定を知ったのだ。これ程の腐敗を許してなるものか!!と悲憤慷慨している。そして、汚職や贈収賄を当たり前のように見ぬ振りをしているバリ人達にも腹を立てたりしている。


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2009年7月15日水曜日

先週、こんな、お誕生祝いをしていただきました。

間違いなく年を取った私は、とうとう4分の3世紀を越しました。もう、めんどくさいから、誕生日が来る度に1つずつ捨てたりする事はしない。や~めた。 バリでおいくつですか?と聞かれると、いつも、” I forgot” で済ます。半分本当なのよ。

そんな私の誕生日に、(写真見たでしょ?!)外出先から帰ったら、いきなり目に入ったのが、ベランダいっぱいの風船と、思いっきり豪華な花でした! 誕生日の事、誰にも云わなかったのに、、と、驚き乍ら部屋を開けようとしたらハッピバースディの歌を歌い乍ら、ホテルスタッフが行列して来てくれるじゃないの!!。

ローソクが灯っているケーキを手渡されて2度びっくり。そのローソク、でっかい数字になっていて、何と、76ではないですか!! もう、可笑しいやら、嬉しいやら、、。 有り難い事です!! 勿論オーナーもニコニコ笑って立ってらっしゃる。

一人ずつ握手したりハグハグしたり、、、。 「ありがとう!!」 「サンキュベリマッチ!!」 「テレマカシー!!」はっはっは。それしか無いよね。

あと一つ付け加えると、今迄わたしの年を知らなかった多くのスタッフ が、みんな「うっそー」と云ってたと云う話。と云うわけで、どこへ行っても元気と馬鹿ぶりを発揮して可愛がってもらっています。


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2009年7月10日金曜日

Balibaba の 昼食


茹トウモロコシ25円、ふかしジャガイモ30円、チキンソテー70円

太陽をいっぱい浴びたバリの野菜は本当においしいのよ。(特に、ジャガイモを熱いうちにバターをタップリつけ、塩をパラパラっとふって食べるのが好きなの。)
写真は、最近の私の昼めし。そうです。お食事などと云うものではありません。左の向こうにあるのはスイカとパパイヤ。デザートのつもり。コーヒーは、キンタマーニで買って来たコーヒー豆を自分の好きな具合に焙煎して挽いたものだから5円くらい。デザートが20円くらいだから、合計150円。

夕飯は煮物をしたり、生野菜か野菜炒めに日本食専門店で買って来る刺身とか魚を焼いたり、気が向いたら天ぷらだったり。あまり量を食べる方ではないから結構2~3日分が冷蔵庫にたまったりして、そんなのを適当にまた料理して食べたり。

自分の好きな味にすれば満足するのだし、工夫次第で安くて楽しい食卓になるのよ。お隣に上げたいなあと思って持って行ったりするけど、面白い事にお隣 さんも、今これを食べていただこうと思ってたのよ。と、そこでまた一品増えて。 ついでにビールがもう1本増えたりもしますがね。はは、、、。

そして、週1回くらいかな? お気に入りのワルンで食べたり。月に1回くらいレストランへ行ったり。 本当に、日本の、所謂平均的サラリーマン、中流と下流の間の食事なのだけど、バリで食べるものは、みな、安くて助かるの。勿論、世界のお金持ちが集まる観光地だから、超一流の店もホテルもある事を云っておかなくちゃね。

年を取ったら一番の楽しみは食べる事だって聞いたことがあるけど、間違いないわ。いや、間違いなく年を取ったと云う事ね。
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2009年7月3日金曜日

気楽に行けるワルン


ワルンと一口に言っても、ピンからキリまであるが、レストランと銘打っている店とは違い、何と云っても一番の魅力は値段の安い事。その上、美味しいのよ。とっても。 私達がよく行く店は、バリに来て1年近くなってからようやく自分達の口に合う店を見つけ、しかも衛生面でも心配が無い(まあまあ)というのもあって、ちょくちょく利用している。

そこは、日本料理店と看板掲げている所よりも、刺身が美味しい。マスターは、エビなど捕ったらすぐにする船凍冷凍を自慢宣伝しているが、成る程美味しいです! 写真は2人分の皿盛りですが、マスターが日本人のせいか、盛り方も指導してるのかな?

手前のピンク色の花はマグロ大トロ、左はホタテ貝柱、右はイカ刺し。エビは注文しなかったけど、私はエビの刺身が一番のお気に入り。ホタテと同じ値段です。

あと、野菜のものを取り、一人450円くらい。ビンタンビールをのん でも600円で済むのよ。 日本でこれだけのものを注文すると、刺身だけでも2500円はするわねと私達は大満足するのです。

バリで、ひとくくりにどんな料理がお薦め?と云われると、そうですね え、やはり、(というべきか)中華ですねえ。多分世界中どこへ行っても(あまり行った事無いけど)一番美味しいのではないかしら。そんなに行くわけじゃないけど、レストラン級の中華料理店で、お腹いっぱい食べてお酒も飲んで、1000円位。嬉しくなるでしょ?!
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2009年6月30日火曜日

海岸沿いのドライブ

目的地無しでもバリの海岸沿いのドライブは結構楽しめる。私達は東へ向かって車を走らせた。バリに来た頃、クタの街の裏通りの道路の悪さにあきれ果て、これで観光地って云えるの?と怒ったものだが、さすがに国道だけは整備されている。

北の街シンガラジャ方面に行ったときも、インドネシア西部国立公園へ行った時も、国道の整備には驚いた。驚く方がおかしいのだが、それ程に、一歩脇道に入るとガタガタ道路なのだ。世界に冠たる観光地でしょ?検索したおり誰かが書いていたバリの形容詞、最後の楽園でしょ?

それにしては道路がねえ、、、と、バリに住んでいる人間として引け目に感じていたのも忘れて、左を見れば熱帯特有の大木と、点在する古い寺院。右に目を移すと輝く青い海。開けた車の窓から入って来る風は潮のにおいがして、すっかり満ち足りた気持になる。

遅い昼食は、ウイッキーお薦めのワルンだ。メニューはナシチャンプルだけ一品の店。店の中は現地人と中国人と西洋人が入り交じってそこそこに混んでいる。私も初めてのナシチャンプルとやらを取ったが、もう、びっくり!大きな皿の真ん中に白いご飯が盛ってあり、その周りには、鳥や魚の唐揚げと煮たもの。野菜も炒めたり煮たりしたものや、その他豆類もあ り、皿一杯にてんこ盛りなのだ。

ピーナッツを揚げたのが添えられて、それはご飯と一緒に食べるらしい。食べてるうちに、インドネシア特有のおいしい味だと思えて来た。混んでるわけだ。中国人も西洋人も来てるわけだ。納得、なっとく。それで日本円にして250円程度。早く云ってよ。あっはっは。


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2009年6月25日木曜日

バリ サファリパーク


バリにはいくつかの動物園などがあるが、バリサファリは広大な土地に ジャングルを模して作られたパークで、インドネシア、アフリカから集め られた60種類以上の動物達が保護され乍ら暮らしている。

なるべく自然に近い環境で、と云うのはあるが、人気の大虎やゾウは鎖に 繋がれていて、見物者と一緒に写真撮影が出来る。 皆喜んで一緒に写真撮っていたが、中でも獰猛な虎と撮影するのが大人気で 一緒に行った友人も撮ってもらい、あなたは?と云われたが私は断った。 だって、その虎ちゃん、「いいかげんにしてくれ~うんざりだよ~疲れたよ~」 と訴えているようだもの。 頭の中に、しっかりその勇姿が残ってるからいいのよ。


お目当てのホワイトタイガーは、さすがに鎖につなぐわけにはいかないらしく 広~い鉄柵の中で、悠々と歩き回っていた。 私達見物者もまたガラス張りの部屋から見るしかなく、少しがっかりしたが仕方がない。


おっと!! 突然、大サービスだよ!? と云うわけでもないが、カッ プルが 子孫を残す行為ではないか! ほんの一瞬の事だったが、どうにか撮ることができた。厳粛な、嬉しい気持の 一瞬だった。


しつけられた像の演技や、鳥たちの、教えられた舞やユーモア満載の猿 の演技を見てバリサファリのトラムに乗ってスマトラのジャングルに住む動物達を見て周り、 サファリパークをあとにしたのは3時間あとだった。 パーク内には立派なレストランも夕陽のきれいなホテルもあるのだが、 お昼は安く食べられるワルンにしようとなり、私達は東部海岸に向かった。


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2009年6月21日日曜日

何回行っても大好きなキンタマーニ地方







    

バリ島は、100歩くと、また、見てみたい箇所ばかり。最近アリッツで知り合った北海道の方に、お気に入りのドライバーを紹介したら、よかったら案内してくれませんかと云われる。まだ、わずか1年しかバリに住んでないし,案内と云うほどは出来ませんが、私の行きたい所でよかったらご一緒しましょうとなり、便乗させてもらった。

ブサキ寺院は、バリヒンドゥの総本山となっている。絵はがきにもなってるし、世界各地からの観光客で溢れている。バリは寺院だらけと云っても過言ではないと思うが、ブサキ寺院はさすがに総本山だけあって、壮麗であり、雄大に見えたが、人々は寺院に参拝すると云うよりも観光が目的なので、それを目当ての店や物売りがひしめいていて、もう、うんざりしてしまった。寺院そのものが商業化していると云う気がしないでもない、と、思った。

そのあとキンタマーニ高原へ行き、気分も晴れ晴れ。あ~、いいなあ。キンタマーニ高原はいつ来ても。特にその日はよく晴れて、バトゥール山と対比して見えるアバン山もくっきりと見え、バトゥール湖をやさしく包んでいるかのようだ。そして、そして、その向こう、雲の上にアグン山が聳えてるではないか!

アグン山はバリで1番高い山で、日本が霊峰富士と呼んでるのと同じくバリの人たちに崇められている山だが、その勇姿を目にするのは初めてだ。

案内した人たちについ自慢してしまった。超ラッキーよ! アグン山が見えて。しかも3ッつの山と湖が一望できるなんて!!と。

絶景を眺め乍らの遅めの昼食の美味しかった事は云うまでもない。さあ,次はホワイトタイガーに会いに行かなくちゃ。
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2009年6月16日火曜日

最近のbalibaba事情

あまりにも遊びが過ぎたのか、人付き合いが過ぎたのか、いや、飲み過ぎかも!?  体調が芳しくないので診察を受けることにした。 軽い咳、軽い痰、軽い胸の痛み。

日本人学校でボランティアで英語を教えているヘレンに、学校へ行く途中にある、ちょっときれいな病院の前で下ろしてもらい診察を受けた。すぐに、日本人の通訳の女性が付いてくれ、仲良しになったが、これはあとでの話だけど、また飲む約束なんかしてしまったのだった。

検査の結果、心電図に異常があるが、この病院には心臓の専門医が居ないからとの事で、デンパサールの公立病院に行くハメになったのだけど、なんとまあ!べッドに寝たまま点滴をし、おまけに酸素吸入器まで装着してなのよ!  ま、酸素吸入で、呼吸がらく~になったのは確かだけど。

何よっ、急に重病人になったみたいで、も~う、オーバーだっちゅうの!
勝手に腹を立てたりして、遂に可笑しくなって、クククっと一人で笑ってると、公立病院に到着した。診察の結果、入院となり、まあ、1日しっかり精密検査しましょうとなった。ホ~んと、やれやれ、、だわよ。 

ところが、です!そこでまた、日本人の通訳女性に世話になったのだが、この女性がまた大変な縁ある人とわかったのだ。高校時代のヘレンの生徒!(びっくり!!)だった事を知り、話をしてるうちに、バリで仲良くなったともえさんとも仲良しで、ドンファンの事も聞いていますとおっしゃるじゃないの。

それもその筈、彼女の旦那様(インドネシア人)はジャズミュージシャンで、バリをもっともっとジャズの盛んな街にしようと頑張ってるそうなんですよ。

人間の縁って、ホント面白い。babaの病気もまんざらじゃないわいと、妙に嬉しくなって、またまた活躍?? の場が広がったことを喜んでいる。

因に、わたくしは、大した事も無く1日で退院出来、ユリさんが演奏してらっしゃるカルティカプラザホテルのプールバーに、友好を深めに行こうとワクワクしている。

もう一つ伝えなきゃいけないわね。デンパサールのSURYA HUSADHA病院は設備も整っていて、手術は勿論、透析も完全。先生も看護士も、通訳の人も皆、それはそれは優しく親切でした。


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2009年5月26日火曜日

大イベントを見終えて

世界最大級の火柱が入場者を迎える

日本を竜インドネシアを虎に見立てた二つのみこしがぶつかり合う
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鳴り物入りでの前宣伝は、さすが山本寛斎の面目躍如。
素晴らしかった。

今後の日イ関係を尚いっそう盛り上げて行こう
との意欲が充分に汲み取れた。

バリ島ならではの野外舞台は、その昔のイタリアコロッセウムも
若しかしたらこの感じをもっと大規模にしたような競技場
だったのかなあ等と空想してみる。

和太鼓とガムランの入り交じった異国情緒たっぷりの音に
気持が高揚していく。
会場は常夏のバリとは言え、さわやかな海風が吹いて来て、
ちょうど心地よい日本の5月そのままだ。

巨大な火柱が広場を照らす中、日本とインドネシアの象徴の
竜と虎に分かれた二組の若者達の格闘技が終わると
一転きれいなお姉さん達のバリダンス。

そして、バリ風の神輿に乗った歌姫、アグネスモニカが
しずしずと下りて来て歌い始めた。
よく通る澄み切ったきれいな声。
その時、インドネシアの多くの大人が涙を拭っている。


INDONESIA TANAH AIR BETA
私がインドネシアの土と水ー(祖国)

PUSAKA ABADI NAN JAYA
永遠に偉大な遺産

INDONESIA SEJAK DULU KALA
インドネシアは昔から

TEMPAT DIPUJA-PUJA BANGSA
あがめ奉られる国

DISANA TEMUPAT LAHIR BETA 
其処で私は生まれた


その後に続く原語は省くが、
此処で生まれたわたしは、母に(国をも意味すると思う)大きくされた。
育てられ、守られ、年老いて目をつむる最後迄、
この場所で(国で)育てられた。

直訳すると、そんな意味の歌詞だと、
インドネシア学校の先生とホテルのスタッフに教えてもらった。
教えてもらい乍ら、わたしは涙した。
あのとき涙を拭った人たちの熱い愛国心が伝わったのだ。
この国の人々が、いかに自分の生まれた国を愛し、
誇りに思っているのかと。


今後、きっと私のインドネシア観が変わるであろう。
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虎と竜をした日本とインドネシアを象徴した

巨大な熱気球が打ち上げられようとしている

バリ島いっぱいの夜空に上がったかと思える気球

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2009年5月5日火曜日

面白くなって来たインドネシア大統領選挙

選挙権は無いし、他国の事だと云い乍ら、世話になってる国の事を面白がってはいけないわね。ひいては世界情勢も最後は1個人にも関わって来るのだもの。混迷している大統領選で、1日のジャカルタ新聞は一面のトップに「反ユドヨノ大連合加速」と報じている。

ところが、と、云うべきか、偶然にも?米タイム誌が最近の特集記事として、”世界で最も影響力のある100人” の中で、『リーダーと革命者』というカテゴリーで、20人を選んでいるが、その中に現インドネシア大統領スカルノも入っているのだ。4月30日に、この記事を知ったスカルノさんがタイム紙に早速意見書を出した。「私個人だけに対するものでなく、インドネシアに対する栄誉だ。今後も多の国家の模範となるような民主国家を目指したい」と。

同じ日のジャカルタ新聞に依る記事なので、余計おもしろく感じた。

さあて、7月8日の選挙の行方は?


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2009年5月1日金曜日

そろそろ熱くなって来ました

いや、暑さはいつも変わらないのだが、ヒートアップして来たのは近付くインドネシア大統領選挙の事だ。ジャカルタ新聞のみの情報しか知らないが、現大統領のユドヨノ氏が1歩リードしてたのが、ここに来て、前大統領のメガワティ女史が、グーンと票を伸ばす可能性を報道している。

と云うのが、今迄ユドヨノ氏の副大統領をしてたカラさんが、ユドヨノの民主党との決別を表明し、大統領に立候補したのだ。その上、闘争民主党党首のメガワティと共闘しようとの動きが報道されていて、ユドヨノの副大統領の指名をを辞退する以外にメガワティとの連携となると、ユドヨノさん大丈夫??なんて心配している。

勿論私には選挙権は無いし、まして、誰がインドネシア大統領になるのがベストか又はベターなのか分らないし知らない。この1年の間の街の噂、と云うより私の友達の間では、ユドヨノさんになってから、福祉の面で前より良くなった等と聞いたりしてるので、少なくとも前大統領のメガワティさんより良いのかな?って思うしか無いじゃない?

街の友達に聞いてみた。大統領選挙には行くの?と。『勿論よ。』と。まあ、誰に投票するの?迄は聞かなかったが。

インドネシア式生け花よと持って来てくれた女の子の花に、ホ~ッと暖かい、充たされた気持になった。



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2009年4月27日月曜日

ちょっぴり日本が恋しい


初めてバリに住みついた時は感じなかったホームシックのようなものを感じている。 こちらに帰って来て10日しか経ってないのに。

テレビから流れるニュースは、いい事なんて何にも無い。

ネコたちには本当に慰められる。今日もミミとチャビの親子が仲良く一つの皿で食べている。二人の子供たちはどこに居るの? どこに隠してるの? 歩けるようになったらきっと見せてくれるわね!もしかしたら子供たちのお父さん、おんなじかもね? ・・・などと、つまんない他愛も無い事を考えて笑ってしまう。

今週は雨が降らない。そろそろ乾季かな。

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2009年4月23日木曜日

自然といのち

桜の満開を満喫したのは3日間だった。4日目位からもう、ちらほら花の間から桜の葉の新芽が見えはじめ、10日の間にすっかり花が葉に変り、それはそれでまた葉桜として見応えある風景で、それも私は大好きだ。5月ころは黒く感じるような深緑になるんだわと日本をあとにした。

バリの私の部屋に着いた途端、ノラちゃんのチャビが挨拶に来た。な、なんと、お腹がすっきりして、私の留守の間に赤ちゃんを産んだらしい。実は、3月初め気がついたのだけど、どうもチャビのお腹がふくれている。お母さんのミミもお腹が大きい。

ミミはチャビの親だし、これはいいとして、チャビまでが、、、あー、何と、、言葉が出なかった。『チャビはチャーリーのお嫁さんにはなれないわあ。してあげないっ』と、驚きと複雑な感情がいり混ざった、押さえようの無い悲しみに、自分でも戸惑ったのだったが、チャーリーが生きていた頃、まだお乳を吸っていたネコが、半年経ったのですもの。半年で、大抵の動物は大人になるのよねえ。

自然の摂理と云うやつなんだわ。チャビ、怒ってごめん。でも、ママが日本から帰って来てから赤ちゃん生んでね! なんて勝手な事を云ったのだったが、3週間留守にしてる間に、、、ね、、お母さんになっていたのです!! 相変わらず、邪気の無いきれいな目をして。でも以前より落ち着いていて。毎日、赤ちゃんはどこに居るの?早く連れて来て見せてちょうだいよ。と、話しかけているのです。

花や木、小さな生き物、私達を包んでくれている大自然。それによって私達は生かされていると云う事を、しみじみと、本当に、有り難く感じたのでした。

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2009年4月20日月曜日

飛鳥山公園の桜


今年は桜の開花が早いとのニュースで、私が帰国する時にはもう散ってしまってるなあ、予定を1週間早めればよ かったと、後悔していると、何と、急に寒さが戻り、桜の開花が遅れそうだとのニュース。

まあ、何とラッキー!!待っててよ日本の桜。
ど うしても会いたいのよ!!
そして、帰国した翌日、恋しい桜に会えたのでした。

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神田川沿いに咲いた満開の桜